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執筆者の写真Beyond Media

持続可能な「みんなの保存食」

writer Mari Adachi Editor-in-Chief of Beyond Media

「これこそ、私が目指していた保存食のあり方なんですよ」。そう力強く語ったのはグリーンデザイン&コンサルティング(本社・東京目黒区)の笠浩一郎社長だ。これまで様々な可能性を求めて試行錯誤を重ねてきた。

バイタリティ溢れる笠社長のビジネスセンスの原点はアメリカにあった。25歳で渡米。英語を話すのもままならない中、サンフランシスコの大学に飛び込んだ。勉強も遊びも何でも一生懸命に取り組むことで、豊富な人的ネットワークを広げていった。


ちょうどその頃、アメリカのグリーンカード(永住権ビザ)発給が抽選で得られるということを知り、応募したところ見事に当選。バブル経済に沸く日本向けに欧米の高級車を輸出するビジネスを始めた。それが大当たり。アメリカの時に合理的でもありながらも、無駄かと思えるほどのペーパーワークの多いビジネス形態に対応することで笠社長はビジネスセンスを身につけていった。


その後、笠社長は日本に帰国し、再び新たなビジネスに挑戦。それが自身も大好きなファンション関係だった。高級ブランドのセレクトショップを立ち上げ、いち早く楽天モールに出店しネット販売を広げていった。


転機が訪れたのは2011年の東日本大震災。教師をしていた友人から震災の翌日、連絡が入った。「帰宅できない生徒を学校に泊めたが、毛布も寝袋もなくて辛い思いをさせてしまった。何かアイディアはないだろうか」。急いで高機能な寝袋を出来るだけかき集め、届けた。これをきっかけに、他の学校からも注文を受け、寝袋を納入した。


これこそが防災事業に参入するきっかけとなった。リサーチを重ねた結果、これまであまり注目されてこなかった保存食に商機を見いだした。保存水や保存食は賞味期限がある。当時、保存期間は最長でも5年。一方で、小学校や中高一貫校は通常、区切りは6年。たかだか1年の差でだが、日本の教育システムにマッチさせることはできないのだろうか。

試行錯誤していたところ、グリーンケミー(本社・東京八王子市)との出会いが訪れた。グリーンケミーは食品の長期保存技術に長けており、防衛省に保存水や保存食を納品していた。笠社長は2016年に提携し、防災用長期保存食品の新しいブランドを立ち上げた。従来3年から5年程度が標準と言われていたレトルト食品の保存期間を7年間に延長することができた。食品のメニューもリゾットや煮物、米粉のクッキーやパンなどこれまでにないものを次々と企画し開発につなげた。

災害の際の唯一の楽しみともいえる食事。保存食には、味、食感が生きる真空パックではなくレトルト食品がいちばんだった。「被災現場で手軽で食べるには、温めたり、調理することは難しいはず。常温でそのまま食べられて、かつ食感もあり、食べる楽しみを届けたい。」笠社長の思いやりだ。

さらに、アレルギーや宗教上の制約にも対応していくなど、保存食は進化していった。そんな中、東京五輪の国立競技場の防災食に採用された。イスラム系であっても食せるようハラール協会認証を2018年1月に取得し、原材料明記にも気を配った。QRコードで詳細な原材料やアレルゲンなどの対応表を23カ国の言語で確認することができるようにした。常温で7年という消費期限の備蓄用保存食品の販売は着実に増えていった。


そんな中、笠社長は備蓄用の保存食が大量に廃棄されている実態を知った。農林水産省の2020年の調べでは、日本では年間522万トンにおよぶフードロス(本来は食べられるのに捨てられる食品)が発生している。その半数以上が事業系によるもの。先進国での食品ロス対策によって、20億人もの食料が確保できる、そんなデータも目にした。

備蓄保存食も例外ではない。まだ食べられるのに大量に廃棄されている、その現状に心が痛んだ。さらに、日本においては食品に関する法律が大きなネックとなっていた。賞味期限が1日でも切れると「産業廃棄物」の扱いとなる。その途端、専門業社でないと廃棄ができない。コストも膨大になってしまう。例えば2Lのペットボトルの水には95円もの廃棄料金がかかってしまう。水、本体の値段よりも廃棄の料金の方が高いのだ。


そうであれば備蓄の保存食を単に期限が来たからといって廃棄するのではなく、可能な限り事前に引き取り、子ども食堂や無料食品配布のフードバンクなどに少しでも寄付しよう。そう考え企業や自治体などを回った。場所によっては保存食を会社の様々なフロアに配備してしまっていて、かき集めるのに苦労した。大変な作業だった。


そこで笠社長が考えたのが、保存食をもっと効率的に効果的に回収し、フードロス削減に貢献できるスキームを構築しよう、ということだった。みんなにとって幸せな食品、という願いを込めて「みんなの保存食」ブランドを2022年8月に立ち上げた。


まず、保存期間を7年から8年6ヶ月に延ばした。表向きは7年の保存という前提で、自治体や企業に購入してもらい、7年近くなったら、「リユース」のために、グリーンデザイン&コンサルティングが回収する。その際の費用は自治体や企業が負担するが、会計上は損金として計上できる点を企業や自治体に丁寧に説明する。この「リユース」のスキームに乗れば、社会貢献にもつながるという意味でも、企業や自治体にとっては効果的だ。回収した保存食はすぐさま、食品を必要としている場所、子ども食堂や、フードバンクに提供する。

食品の「リユース」。持続可能なスキームの構築こそが、グリーンデザイン&コンサルティングの次の大きなステップだ。


この取り組みは、いま日本中で盛んに叫ばれているSDGs(持続可能な開発目標)の飢餓をゼロに、安全な水とトイレを世界中に、つくる責任・つかう責任、など幾つもの目標と合致する。笠社長の壮大な「リユース」のスキームは2022年10月から本格的に参入していく予定だが、すでにいくつかの企業や自治体から賛同を得ている。


「これからの企業は常に世界のサスティナビリティ(持続)を考えていかないと、企業の存続意味がないですよね」。メーカー、バイヤー、消費者、そしてNPOなどの関連団体がパートナーシップを組み、国内外で必要としている地域や団体に食品を寄付することで、保存食の入れ替え時の大量廃棄をゼロにし、食品ロスを削減する。


笠社長率いるグリーンデザイン&コンサルティングは年商約11億円、社員も14名というまだまだ小規模な会社ではあるが、企業を大きくすることよりも、保存食のリユースによって、循環型社会の仕組みを大きくすることに注力している。


「自社だけでなくていいんですよ。世界中がリユースのシステムに参加するようになれば、それこそが本当の意味での『みんなの保存食』になりますよね」と笠社長は笑顔で語った。



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